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最高裁判所第二小法廷 昭和28年(あ)1516号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

弁護人内田善次郎、同池田和夫の各上告趣意は末尾添付の書面のとおりである。職権をもって調査するに、原判決中弁護人内田善次郎の控訴趣意第三点及び弁護人池田和夫の控訴趣意第二点の(一)について、という項によると、「所論はいずれも原判決挙示の証拠中被告人の司法警察員に対する昭和二六年七月一一日附、同月一二日附及び同月一五日附各供述調書の任意性、信用性を争い、ことに同月六日から同月一二日まで警察において糧食差入の禁止を行ってまで被告人に対し自白を強要した旨主張するのである。よって按ずるのに、昭和二六年七月六日から同月一二日午前までの間被告人に対し右の如く警察における糧食差入禁止の行われたことは記録上これを窺うに難くないが、このことだけを理由として直ちにその間又はその後に作成せられた供述調書の証拠能力、証明力を否定することはできないものと解すべく、しかもその他記録に徴し、また当審における事実取調の結果に照らしても前記被告人の司法警察員に対する各供述調書の証拠能力、証明力を否定するに足るべき状況は発見できない。即ち原判決には所論のような違法はない。論旨はいずれも理由がない。」旨判示しているのである。

しかし、本件のように勾留されている被疑者に対し、捜査の必要のため糧食の授受を禁じ、またはこれを差し押えることは法の明文をもって禁止するところである(刑訴八一条、二〇七条参照)。そして、自白の証拠能力は、刑訴三一九条一項前段の規定する強制、拷問、脅迫、長期拘禁等の事由によるものはもとより、更に同項後段の規定により任意になされたものでないことに合理的な疑のあるものについてもまた存しないのである。そして右合理的な疑の存否につき何れとも決し難いときはこれを被告人の不利益に判断すべきでないものと解するを相当とする(昭和二三年六月三〇日大法廷判決、末尾添付参照)。しかるに、本件において原判決は前示のとおり警察における糧食差入禁止の行われた事実を認め、しかもこの糧食差入禁止の期間と自白の時日との関係上、外形的には糧食差入禁止と自白との間に因果の関係を推測させ、少なくともその疑ある事案であるにかかわらず、本件糧食差入禁止が何故行われたか、そしてまたそれと自白との因果関係の存否並びに叙上疑の存否について考究することなく、単に「このことだけを理由として直ちにその間又はその後に作成せられた供述調書の証拠能力、証明力を否定することはできないものと解すべく、」と断じ、何等特段の事由を説示することなく「しかもその他記録に徴し、また当審における事実取調の結果に照しても前記被告人の司法警察員に対する各供述調書の証拠能力、証明力を否定するに足るべき状況は発見できない。」という理由のみをもって所論を排斥し、ただちに一審判決を維持したのであって、この点において原判決は審理不尽、理由不備の違法あるものというべく、破棄を免れない。

よって刑訴四一一条一号、四一三条本文に従い主文のとおり判決する。

この判決は裁判官藤田八郎、同池田克の少数意見を除き裁判官一致の意見によるものである。

裁判官池田克の少数意見は、次のとおりである。

刑訴八一条但書は、勾留されている被告人との糧食の授受を禁ずることができないと規定し、監獄法三五条もまた、刑事被告人には糧食の自弁を許す(被告人の親族等による糧食の差入れも許されるものと解する)ことができると規定しているが、事の性質上、右被告人には勾留されている被疑者を含むものと解すべきことはいうまでもないところである。但し、右二つの規定につき一応の解明を要するのは、刑訴法においては糧食の授受を禁ずることができないとしているのに、監獄法においては糧食の授受を許すことができるとしていることから、両者の関係を如何に解すべきかという点である。

おもうに、勾留は、逃亡のおそれ又は証拠湮滅のおそれを原由とする強制処分にとどまるのであるから、一般的に勾留の目的にかかわりのないものと認められる糧食の授受が許されるべきことは当然であり、刑訴法も、この見地に立つものであるが、しかし、監獄としては一面においては、すべての在監者には健康の保持に必要な糧食を官給することが原則(監獄法三四条)となっていると共に、他面においては在監者の保健衛生及び規律保持の必要上有害な糧食の授受を許すことができない場合のあることが勘考されなければならないところであり、すなわち、監獄法においては、これらの点が考慮されて糧食の授受を許すことができるとしているものと解すべきであるから、刑訴法との間には何等矛盾衝突するところはないのであって、右二つの規定は、これを統一的に解釈することが可能であり、監獄に勾留されている被疑者は、保健衛生及び規律保持の必要による制限を受ける場合の外糧食の授受が許されるべきものといわなければならない。そして右の解釈は、もとよりいわゆる代用監獄たる警察官署に附属する留置場(監獄法一条三項)にも適用されるのであって、代用監獄に勾留されている被疑者には、健康の保持に必要な糧食を官給するわけであり、糧食の差入れも右の如き特別の事由のある場合でない限り、これを禁ずることができないのである。若し、特別の事由もないのに糧食の授受を禁じた場合には、それは違法な処置であるから、その処置が代用監獄の職員によってなされたものであれば、代用監獄の長に面接し(監獄法施行規則九条)事情を訴えて違法処置の取消を求めることができるし、又若し、右の違法処置が代用監獄の長によってなされたものであれば、主務大臣に情願して(監獄法七条、同施行規則四条八条)裁決を求めることができるのである。

しかし、それはそれとして、代用監獄において右のような違法の処置を執っている間及びその後に行われた司法警察職員の取調の被疑者の供述に及ぼす影響については、検討を要するところである。但し、ここでの問題の所在は、同じく違法の処置であっても、糧食の官給を差し止めた上に外部からの糧食の差入れをも禁じたというのではなく、後者のみを禁じた場合であり、その禁じている間及びその後における取調に対する被疑者の供述の証拠能力に及ぼす影響を如何にみるべきかということである。糧食を官給しないのみならず糧食の差入れをも禁ずることは、ただに違法の処置というにとどまらず、被疑者に対する苛虐な行為として、そのことだけで直ちに刑訴三一九条一項の適用をみることは疑いのないところではあるが、被疑者の健康保持上必要な糧食の官給はこれを継続しながら糧食の差入れのみを禁じた場合、なお且つ右と同様に刑訴三一九条一項が適用されるものと解すべきか否かは、別に考察を要するところである。わたくしの解するところでは、糧食の差入れを禁ずることが違法な処置であるからといっても、その一事を以て直ちにその禁じている間及びその後の供述が任意性を欠くものであると即断することはできないのであって、右条項の適用があるものとするためには、被疑者との糧食の授受を禁じたことと被疑者が司法警察職員に対してなした自白との間に、因果関係のあることを必要とするものとするを相当とする。

ところで、本件につき記録を調査したところによると、被告人は、昭和二六年七月三日建造物等以外放火の嫌疑で吉原簡易裁判所野村裁判官の発した逮捕状により逮捕され、同月五日静岡地方裁判所吉原支部香取裁判官の発した勾留状により代用監獄たる富士地区警察署富士宮警部派出所留置場に勾留されたところ、同月六日から同月一二日午前までの間、被告人に対して糧食は官給されていたが、何等かの事情によってその差入れが止められていたことを認めることができるのであるが、原判示のように、その間糧食差入れ禁止の行われたことを窺うに難くないとすることは、必ずしも正鵠を得たものということができない。なるほど被告人の第一審公判陳述によれば、糧食の差入れが禁じられたというのであるが、その以外に直接の証拠はなく、却って右代用監獄の長であり司法警察職員として被告人の取調に当った高柳久吉の第一審公判証言によると、「逮捕後間もなくのことであったが、被告人から飯を食べたくないから差入れを断るという話があったので、その通りにした。医者に診てもらうかと聞いたところ、食べなければ良くなるから医者はいらないというので、被告人にその希望する薬を与えた」というのであり、当時、胃腸を害していた(取調に堪えない程度でない)ことは、被告人も第一審公判において認めているところであるから、彼れ是れ参酌してみると、右高柳証言を以て信を措き得ないとまでいいきれないものがあるのである。

しかし、それは兎に角として、仮りに被告人の主張するように糧食の差入れ禁止が行われたものとしても、被告人としては、右高柳久吉に対し情苦を訴えて、その解除方を求めることができた筈であり、同人が被告人の求めに応じないときは、主務大臣に情願の手続を執ることも可能であったものといわなければならない。しかも、被告人の第一審公判陳述によると、「七月三日に逮捕されてから差入れがあったが、同月六日の朝になると当直の巡査が官弁をもって来たので聞いたところ、同日から差入れを止められたとのことであった。そのとき、その巡査は差入れを止められた理由については何もいわなかった、その後は、自白するまで、官弁以外の物は呉れなかった。そして一三日だったと思うが、自白したら、それからは差入物が届くようになり、その日には、警察官が御馳走してやる、酒も入れてやろうかといっていた。又、一一日の日には、派出所の受付の方で誰れかが池田はいるかと言ったら、別の人が池田には官弁をもらってあるから心配しなくてもよいと言っている声を聞いたことがある」というのであって、外形的には一応糧食差入禁止と自白との間に因果の関係を疑わしめるものがあるようではあるが、しかし、糧食の差入れを禁じられたことにつき何等の情苦を訴えた形跡がみられないところであるのみならず、被告人の右陳述からも窺われるとおり、右の差止めは被告人が犯行を否認しているので、ことさらに心理的に被告人の自白を強制する意図のもとに執られたものとまでは認め難いところであり、その他記録を精査しても、右富士宮警部派出所において被告人の自白強制の手段として糧食の差入れを禁じたことを肯定するに足るべき証拠は発見できないのである。尤も論旨は、被告人に対する自白強制が行われたことを裏づけるものとして、当時、右派出所司法主任巡査部長であった証人岩瀬井の第一審公判における供述の一節を引用強調しているから検討すると、同供述は、「食物は差入れがなくても、官弁を食べさしているから必ずしも許さなくてもよいのである。勾留されている被疑者は、物見遊山に来ているわけではなし官弁を与えることになっているので、その家族等から食物の差入れの申請があった場合、それを入れなければならないという法律上の根拠もないのであるから、警察の方でその必要がないと思えば許可しなくてもよいのである」というのである。もとより、これは第一審主任弁護人より、被疑者の家族知人等より糧食の差入れの申請があった場合の富士宮警部派出所における一般的な取扱いを尋ねられたのに対する答ではあるが、そこに表象されている考え方は遺憾の念を禁じ得ないものであり、殊に糧食の差入れを認めなければならない法律上の根拠もないというに至っては以ての外の言葉ではあるが、しかし、その背後には、代用監獄たる留置場においては勾留されている者は官給食が支給されているのに、その上に糧食の差入れまでさせることは贅沢だという考え方があるものと推測されるところであって、右岩瀬において被告人に対する糧食の差入れを禁じたものとしても、自白強要の手段とするまでの意識のなかったことの証左ともみることができるのではあるまいか。してみると、被告人が富士宮警部派出所留置場に勾留されていた間に糧食の授受が禁じられたこと論旨指摘のとおりであるとしても、その処置が被告人の心理に不本意の供述をさせるまでの影響を及ぼしたものとは到底認め難いと思料されるのである。

これを本件捜査の経過に徴しても、被告人は逮捕勾留の当初のうちは犯行を否認していたが、関係人渡辺威(東京製紙株式会社上野工場長)、鈴木保芳(被疑者)、池田健三(被告人の長男)、池田よね(被告人の妻)及び渡辺勝明(被告人方運転助手)等の司法警察職員に対する各供述調書に表明されている情況証拠との喰い違いを追求されて自白するに至ったものであることが窺われるのであるし、その自白の内容も自然であって、事件の全般を通じて右自白が強制によるものであることを思わせる節がない。のみならず、被告人の自白が任意性を欠いたと認められるべき証拠は、右被告人の主張以外に求めることができないのである。

されば、本件においては、勾留されている被告人との食糧の授受を禁じた処置がなされたものとしても、被告人が被疑者として司法警察職員等に対してなした自白との間に因果関係のあるものとは認められないものというべく、その自白調書を断罪の資料に採った第一審判決には何等の違法がなく、これを是認した原判決も亦、その判示の仕方如何にかかわらず結論において相当であるといわなければならない。

多数意見は、自白の証拠能力は、刑訴三一九条一項後段の規定により、任意にされたものでないことに合理的な疑のあるものについても存しないものとする前提論のもとに、原審が、「警察における糧食差入れ禁止の行われたという事実だけを理由として、直ちに、その間又はその後に作成せられた供述調書の証拠能力、証明力を否定することはできないものと解すべく、しかも、その他記録に徴し、又、当審における事実取調の結果に照しても、被告人の司法警察員に対する各供述調書の証拠能力、証明力を否定するに足るべき状況は発見できない。すなわち、第一審判決には所論のような違法はない」と判示したのを批判して、「本件は、糧食差入禁止の期間と自白の日時との関係上、外形的には糧食差入禁止と自白との間に因果の関係を推測させ、少くとも、その疑ある事案であるに拘らず本件食糧差入れ禁止が何故に行われたか、また、それと自白との因果関係の存否並びにその疑の存否について何等考究することなく一審判決を維持した原判決は、審理不尽、理由不備の違法あるものというべきである」とする。なるほど、原判決の判示は簡略に過ぎ、説いてつくさないものがあり、その認定に正鵠を得ないもののあることも、前に述べたとおりである。そして、これを素読しただけでは、警察が被告人に対する糧食差入れの禁止を行ったということだけを理由として、直ちに供述調書の証拠能力、証明力を否定することはできないと解すべきものとしているようであるけれども、しかし、仔細に記録について調査すると、第一、二審の全経過を通じ、右のような解釈によって審理が行われたことを疑わしめる形跡は認められないばかりでなく、本件糧食差入れが何故に止められたか、又、その結果、被告人の供述の任意性に影響があったかどうかを審究するため、相当の注意が注がれたことを十分窺うことができるところであって、原審においては、その審究の結果、論旨にいう富士宮警部派出所における被告人に対する糧食差入れ禁止の違法処置と被告人が司法警察職員に対してなした自白との間には因果関係があったものと認められないものとし、その他記録に徴し且つ事実取調の結果に照しても、司法警察職員に対する被告人の自白調書の任意性を否定するに足る状況が発見できないとし、これを採証した第一審判決を是認した趣旨であると解することができるから、原判決には、結局、多数意見の非難するような訴訟手続の法令違反は存しないものといわなければならない。

念のため附言しておくが、本件は、一、二審を通じ、被告人の司法警察職員に対する自白調書の任意性の存否を審究するため、被告人の取調に当った富士宮警部派出所長高柳警部補、岩瀬、山杢各巡査部長を証人として喚問しているばかりでなく糧食差入屋太田百合子その他必要ありと認められる証人及び証拠物の取調を了しているのであるから、原審においては、本件を破棄差戻されても、取調の余地がないのではないかと考える。なお、被告人は、外部からの糧食差止が解除されてから三日を経過した七月一五日(昭和二一年)に、司法警察職員から取調を受けたときも本件犯行を自白している。

藤田裁判官の意見

自分は、池田裁判官の意見に同調する。

(裁判長裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 池田克)

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